ハードディスクの奥底から出てきた「2005年の妄想」
昨日、PCのデータを整理していたら、2005年6月に書いたまま未公開になっていた2000文字の下書きが出てきました。ひさびさに読んでみて、当時の自分のある意味尖った視点にちょっと驚いてしまいましたよ。(^^)今から21年も前、まだ「WEB2.0」なんて言葉がようやく囁かれ始めたばかりの時代に、「建築業界にも音楽のような著作権や印税の仕組みを作るべきだ!」と書き殴っていたのです。
当時の設計・施工現場のハードな労働環境に対する、自分なりの問題意識から生まれた文章で、半分は日々の愚痴で、半分は妄想も含めた提案、といった内容でした。
ただテクノロジーや社会の価値観が激変した今の視点で見直してみると、この「21年前の妄想」は、けっこう本質を突いているなとあらためて感じたので、今回は、長くなりますが、いまの時代背景を重ね合わせながら改めて整理してみました。
「一品生産」の建築が、なぜ車と同じ扱いなのか?
当時の僕が何に憤っていたかというと、建築というクリエイティブな生みの苦しみに対する「リターン」の少なさでした。本やCD、映画であれば、著作者への印税はもちろん、レンタルされれば使用料が入り、グッズ化されれば売り上げの数%が還元されます。お医者さんだって、専門知識や技術がちゃんと守られるシステムを持っています。
なのに建築はどうかというと、どんなに素晴らしい建物を建てても、一度引き渡してしまえば、作り手の手を完全に離れてしまうのです。雑誌に載るときも、転売や賃貸に出されるときも、リフォームされるときだって、せいぜい「あ、いいですよ」の一声で終わり。建物が壊されるときですら、持ち主の権限だけで平気で潰されてしまいます。
確かに建物には減価償却というものがあって、使うほど価値が減るのが一般常識です。その意味では車や電化製品と同じ扱いかもしれません。けれど、車は工場で大量生産できるのに対して、住宅や建築は「一品生産」が中心です。本来は音楽や絵画、映像などの芸術に近い性質で扱っていいかもしれないともいえます。
だったら、賃貸物件なら賃料の数%、転売や取り壊しの際にも一定の割合が設計者や施工会社に支払われるような「2次的な収入(ロイヤリティ)」の仕組みがあってもいいかもと。
良い建物ほど作り手にちゃんと収入が回り、メンテナンスの自己負担も減ってずっとその建築に関わっていける。そうなれば、日本中にもっと良い建築が増えるはず。
2005年の僕は、そんな風に既存のシステムへの異議を妄想していたのでした。
21年経った現在、その妄想はどこまで現実になったか?
では、この21年間で建築業界はどう変わったか。結論から言えば、当時の僕が妄想した仕組みは、「テクノロジー」と「法改正」によって、今まさに現実のものになりつつあるともいえそうです。
まず大きく変わったのが、「建築の意匠権」です。
2005年当時は「一部の文化財しか守られない」と嘆いていたけれど、2020年の意匠法改正によって、それまで対象外だった「建築物のデザイン」や「内装のデザイン」も意匠権として登録・保護されるようになりました。優れたデザインが勝手に真似されたり、改変されたりすることに対して、ようやく法的な盾が用意されたわけです。
さらに決定的なのが、デジタル技術(BIM)とWEB3(NFT・スマートコントラクト)の融合です。
今や建築設計は3Dデータ(BIM)が主流ですが、このデジタルデータにブロックチェーン技術を組み合わせることで、「データやメタバース上の建築が二次流通(転売)された際、売買代金の数%が永久にオリジナルの設計者に自動還元される仕組み」は、デジタル・仮想空間の世界では、技術的にはすでに完全に実装されており、実現可能性は100%に近くなっています。
ここから先はまだ僕の「妄想レベル」の話なのですが、たとえばBIMデータを単なる「建てるための図面」として終わらせず、精巧な建築模型や絵画のアート作品のように、データそのものに独自の資産価値を持たせられるようになったら面白いのではないのかな、と思っています。
かつて巨匠たちが描いた美しいドローイングや精緻な木製模型が、芸術品としてオークションにかけられたように、これからは現代の建築家が魂を込めて作り込んだBIMデータそのものが、世界に一つだけの「デジタルアート」や「コレクション」として価値を持ち、自由に売買される。そんな時代が来たら、建築のクリエイティブはけっこう面白くなるかも。(^^)
また、社会全体が「スクラップ&ビルド(建てては壊す)」から、いい建物を直して長く使うストック型社会への移行が進んだことも追い風になっています。一回建てて終わりではなく、修繕やリノベーションのたびに初期の設計者が伴走し、建物の履歴を管理し続けるビジネスモデル(ライフサイクルマネジメント)は、まさに当時の僕が望んだ「ずっと関わっていける関係性」そのものなのです。
激突する「リノベーション」と「著作権」のリアル
しかし、ここで現在の建築界が直面している、きわめてデリケートな問題があります。それが「リノベーションすると、建築の著作権はどうなるのか?」という点です。音楽であれば、カバー曲を出す際、原曲をいくらアレンジしても「原曲の作詞・作曲者」に印税が入り続けますよね。
では建築はどうか。
リノベ全盛の今、他人が設計した建物を劇的にリフォームする場合、元の設計者の「著作権(同一性保持権:勝手にデザインを変えられない権利)」と、現在のオーナーの「所有権(自分の財産だから自由に直したい権利)」が真っ向から衝突することになります。
実は日本の著作権法には、「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」は、原則として同一性保持権の侵害にはならないという例外規定があるそうです。生活の利便性や安全性を優先するため、実務上はオーナーの「所有権」が圧倒的に強いのが現状です。
だからといって、名作建築の内装を完全にぶち壊し、元の設計思想を無視したリノベをしていいかは意見がわかれるところですよね。現に、歴史的価値のあると言われている名建築がリノベという名のもとに「別物」に変えられ、オリジナルの設計者やファンが悲鳴を上げるケースが後を絶たないことはニュースやSNSでも話題になることが増えています。
ここをクリアするためには、やはり2005年に妄想したような「仕組み」が必要になってきます。
例えば、リノベをする際、元の設計者に「デザイン監修料」を支払ってチームに巻き込む契約を最初から交わしておく。あるいは、建物のカルテ(BIMデータ)を初期設計者が管理し、改修のたびにアップデート手数料が入るようにする。
リノベを「過去の否定」にするのではなく、音楽の「リミックス」のように、原作者をリスペクトしつつ新しい価値を上書きし、その利益が循環する仕組みが作れるかどうか。
とはいえ、すべての建物でそうするといろいろと問題もでてくるところですが、そこはまあ、今回は実験的な考えなので棚にあげておくことにします。
労働時間の切り売りから「ストック収入」のデザインへ
2005年当時は、ただの夢物語、あるいは居酒屋での淡い理想論で終わっていたかもしれませんが、テクノロジーと社会の価値観が追いついた今、この思想は建築ビジネスの新しい風になり得る気もしています。作り手、すなわち大工の方々が減っていく中で、建築士や施工者が「ハードな労働時間の切り売り」だけで消耗する時代は、もう終わりにしなければならないのかも。
自分が生み出した建築の価値が、社会の中で長く生き続ける限り、そこから2次的な報酬が還流し続けるような仕組み、いわば「建築のストック収入」を、これからの僕たちは考えてみてもいい時期にきているような気がします。
当時は自分自身も設計の最前線にいて、生みの苦しみとハードな環境に揉まれていました。だからこそ、自分が手がけた建築にはずっと幸せに生き残ってほしいし、作り手も報われてほしいと、心の底から願っていたのだと思います。
そんな21年前の下書きが、いま改めて未来へのヒントをくれたように思います。
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| 渋谷駅前(kumoto撮影) |

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